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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)81号 判決 1982年8月10日

控訴人(被告) 中央労働委員会

補助参加人 大阪芸能労働組合

被控訴人(原告) 有限会社阪神観光

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用中、補助参加によつて生じた分は補助参加人の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、左のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりである(但し原判決八枚目裏初行「渡辺康雄」を「渡部康雄」と訂正する。)から、これを引用する。

(控訴人の主張)

1  労組法第七条にいう「使用者」の意義について、同法はその定義規定を置いていないから、解釈によつてこれを決しなければならないが、同条にいう「使用者」の意義を、原判決のように「不当労働行為の救済を求める労働者との間で使用従属を内容とする直接の契約関係に立つ者」というように、私法的解釈のもとに狭く解する理由は全くない。ここにいう「使用者」の概念は、不当労働行為制度の趣旨に照らし、私法上の契約等の概念に捉われることなく、合目的的に解釈すべきであり、この見地に立つならば、使用者権限を実質的に行使する者を「使用者」とし、使用従属関係にある者を「労働者」と認めるべきであり、労使関係の存否は、当該労使関係の具体的な諸事情を総合して、実質的な労働の実態から判断されるべきであつて、原判決のように「直接の契約関係」が要件とされるべきではない。

2  小西、向田及びその他の楽団員と被控訴人との関係について

(一)  小西、向田を除く楽団員と被控訴人との間に明示の雇傭契約のなかつたことは、原判決の説示するとおりであるが、そのことから直ちに被控訴人は同人らに対する関係で「使用者」ではないと判断すべきではなく、被控訴人が「使用者」であるかどうかは、楽団員の労働の実態を見たうえで具体的に判断されなければならない。

キヤバレー経営にとつて音楽演奏業務は必要不可欠なものであるが、経営者に演奏に関する能力が乏しいことや演奏業務の特殊性から、経営者自身が演奏家達を直接指揮監督することなく、演奏の専門家(例えば楽団員のリーダー)を通じて指揮監督を行い、その業務を遂行させることが多い。しかし、そのような場合であるからといつて、経営者と演奏家達との間に労使関係(使用従属関係)がないというべきではなく、経営者は、演奏家達に対する指揮監督の権限を楽団員のリーダーに委ねているものと解されるのである。本件の場合も、小西及び向田が使用者権限を行使したのではなく、被控訴人が、楽団員に対する指揮監督の権限をバンドマスターである小西及び向田に一部分委ねたものであり、被控訴人は、「使用者」であると認めるのが相当である。

更に、小西、向田を除く楽団員は、次の諸事実即ち、(1)楽団員は被控訴人から支払われる演奏料を唯一の収入として生活を営む者であり、被控訴人もそのことを十分認識して、楽団員の演奏料について給与所得税の源泉徴収を行つていること、(2)被控訴人は、各楽団に対し「ナナエ」の雰囲気に合つた演奏を依頼し、演奏技術の著しく劣る楽団員の交替を要請し、その他社内秩序を維持するため楽団員に注意を与えるなど労務管理権を行使し、更に被控訴人の営業部長が各楽団の演奏の良否や人員の不足等を日報に記入していること、(3)楽団員は、被控訴人の従業員で組織する親睦会である「ナナエ会」に加入していること、(4)楽団員は、定められた演奏時間内は会社に拘束され、一定の時間、演奏業務に従事していることから、労組法第七条にいう「労働者」に当たると解されるのである。

(二)  小西、向田と被控訴人との関係についても、両者間の契約の形式のみによるのでなく、右両名の業務遂行の具体的実態を見たうえで、使用従属関係の有無を判断しなければならない。

原判決は、前記使用従属関係が存在しない事由として、小西、向田が独自に楽団員の採否を決め、各楽団員を管理し、かつ指揮監督している反面、被控訴人からは労務管理ないし指揮監督を受けていないことを挙げているが、前記音楽演奏業務の特殊性から、被控訴人が楽団員の採否や報酬額配分の決定等の権限をバンドマスターである小西、向田に委ねていたものであり、被控訴人の労務管理ないし指揮監督も前記(一)の後段の(1)ないし(4)の限度で行われているのであつて、これらの実態から見れば、使用従属の関係が存在するものと解するのが相当である。

また原判決は、向田バンドは向田が、小西バンドは小西がそれぞれ自己の名義と計算において経営している楽団というべきであるとしているが、バンドマスターとしての小西、向田は、被控訴人から委ねられた権限に基づいて楽団員の指揮監督を行い、楽団員のリーダーとして楽団の統括を図つているものの、その実態は同輩中のリーダーにしか過ぎず、エキストラの補充、欠員の採用、報酬額配分の決定等は、バンドマスターが責任者となるものの楽団員全員が参画して決定しているのである。従つて、小西バンド、向田バンドともバンドマスターが経営する楽団などといえる実態は全くないのであり、要するに、小西及び向田は、被控訴人に対する関係においては、自らをも含めた楽団員の代表者に過ぎないのである。

以上のとおり、被控訴人は、小西及び向田との関係でも労組法第七条にいう「使用者」に該当すると解されるのである。

(控訴人補助参加人の主張)

小西、向田を含む各楽団員と被控訴人との間に使用従属関係の存在することは、次の諸事実に徴し、疑いのないところである。

(1)  小西、向田を含む各楽団員は、いずれも被控訴人の指定する日時、場所において被控訴人の指示に従つて演奏業務に従事し、右演奏等に際しては会社の指揮監督のもとにあつて、その服務規律の適用を受けているものであり、更に会社より支給される賃金によつてその生計を維持している。

(2)  楽団員らは、被控訴人に入社前、会社の種々の指示のもとにテストを受け、その結果被控訴人の意向に合致したということで採用されたのであり、又テストを受けた全員の前で被控訴人から労働条件や被控訴人の指揮命令系統の説明があり、そのうえで入社したものである。

(3)  楽団員は、被控訴人の指定する時間内(その時間が被控訴人の一方的都合により変更されても)被控訴人の拘束を受けている。

(4)  各楽団員が受領する給料額については、入社に際し、向田から、被控訴人の芸能部長的立場にあつた保川に対し申告した。

(5)  楽団員の欠勤を補充するエキストラを探す仕事を小西、向田又は他の楽団員がしたのは、被控訴人に代替楽団員を探す能力がなかつたからにほかならない。

(6)  楽団員に対する労務管理、業務指示を被控訴人が行つてきた(このことは、遅刻、欠勤、演奏態度等を社内日報に記載していたこと、楽団員の演奏態度、演奏内容について被控訴人が注意を与え、又被控訴人の定めた店則の遵守を命じていたこと、楽団員控室にも「バンドマン心得」なる店則が掲示されていたこと、演奏曲目等にも指示を与え、シヨーとの打合せも被控訴人指定の方法で行わせていたことなどから明らかである。)。

(当審における証拠関係)〈省略〉

理由

一  原判決事実摘示の被控訴人主張1の事実は、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、本件命令は、被控訴人を労組法第七条の「使用者」に当たるとしているが、被控訴人と小西バンド及び向田バンドの各バンドマスターである小西之則(以下「小西」という。)及び向田勝彦(以下「向田」という。)並びにその他の楽団員とは、使用従属の関係になく、被控訴人は、同条所定の「使用者」に当たらないから、本件命令は、その判断を誤つた違法がある、と主張するので、この点について考える。

1  労組法第七条にいう「使用者」とは、不当労働行為の救済を求める労働者との間で使用従属を内容とする直接の契約関係に立つ者をいうと解すべきである。そして、右契約関係の存否は、両者の間の具体的事実関係に即して検討すべきものである。

控訴人は、労組法第七条にいう「使用者」の概念は、不当労働行為制度の趣旨に照らし合目的的に解釈し、使用者権限を実質的に行使する者を「使用者」と認めるべきである旨主張する。しかし、右にいう「使用者」とは基本的には労働契約の当事者として労働者を雇傭する地位にある者をいうと解すべきであつて、所論のように、労働契約という法形式を離れて、当該労働者に対して使用者権限を実質的に行使する者をすべて「使用者」に含ませるとするならば、雇主以外の第三者も当該労働者の労働関係上の諸利益に対し実質的な影響力を及ぼすことを理由に、たやすく「使用者」とされることにもなりかねず、かくては「使用者」の範囲は極めて広範かつあいまいなものとなり、妥当を欠く嫌いがある。所論は採用することができない。

2  成立に争いのない乙第二九、三〇号証、第三三号証、第三七号証、第三九号証、第四一号証、第四三、四四号証、第五三号証、第五五号証、第六五ないし六八号証、第七五ないし七七号証、第八〇、八一号証、証人安川太一の証言により成立を認める甲第四号証の一、二、被控訴人代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第五号証の一、二(但し、乙第三七号証、第四一号証、第八〇号証のうち後記措信しない部分を除く。)証人安川太一、同向田勝彦(原当審)の各証言及び被控訴人代表者本人尋問の結果を総合すれば、次の認定判断をすることができる。

(一)  (小西バンド及び向田バンドの起用に至るまでの経過)

被控訴人は、飲食店営業(キヤバレー)を目的とする会社であり、肩書地においてキヤバレー「ナナエ」を営業している。従来、「ナナエ」においては、二ないし三の楽団が、交替でシヨーの伴奏をしたり、ダンス音楽を演奏したりしていたが、シヨーの伴奏を担当していた原田バンドが、昭和四四年六月頃解散したので、被控訴人は、原田バンドの一員であつた小西に楽団を編成して「ナナエ」で演奏することを依頼し、小西は、これを受けて楽団員を集め、八人編成の小西バンドを作り、「ナナエ」においてダンス音楽を演奏するようになつた。

一方、原田バンドの解散のあと、林バンドがシヨーの伴奏を担当していたが、林バンドは、短期間の臨時の約束であつたので、シヨーの伴奏を担当する楽団(以下「シヨーバンド」という。)が必要であつた。そこで被控訴人は、従来会社に芸能関係の斡旋をしていた訴外保川某にシヨーバンドの紹介を依頼し、保川はこれを小西に依頼した。小西は、同年六月頃、同人の知人である向田に対し、被控訴人が「ナナエ」におけるシヨーバンドを探していることを伝え、楽団を編成して応募するように勧め、その際、向田が諾否を決めたり、楽団員を集めたりするため知つておく必要のある条件であつて会社側が示した事柄、すなわち右楽団は、九人編成であること、一か月の演奏料は、一人平均金六万五〇〇〇円で合計金五八万五〇〇〇円であることその他楽団の演奏時間及び「ナナエ」の休業日などについて説明したところ、向田は、これに応じ、前に同じ楽団で仕事をしたことのある者等の中から右「ナナエ」のシヨーバンドを組む仲間として適当と思われる者を集めて、九人編成の向田バンドを作り、同年六月末頃「ナナエ」において被控訴人のテストを受けることとなつた。

右テストは、向田バンドの楽団としての技量をみる目的で行われ(従つて、楽団員についての個別のテストは行わなかつた。)被控訴人側からは専務取締役(当時)下坂裕一、常務取締役下坂富美二、経理部長安川太一が、音楽上の助言者として八馬奏一が、紹介者として前記保川及び小西がこれに立ち会つた。テストは、数回の演奏があつて終り、被控訴人側で協議決定をする間、向田バンドの九名に休憩がてら近くの喫茶店で待つてもらい、一方、右テストの際の演奏効果に前記演奏料等を勘案して向田バンドを起用することに決定した。その際保川及び小西から下坂専務に対し、向田バンドが実際に「ナナエ」において演奏するときには、必ずしも同日テストを受けた全員が揃うとは限らないが、その場合は、向田が取りしきつて本日の演奏の水準を維持する旨を述べたが、下坂専務は、テスト時の演奏技術が維持されていればかまわないとして、保川及び小西をして向田に八月一日から出演するよう伝えさせ、更に小西をして向田らに、「ナナエ」における楽団の演奏時間は、午後六時三〇分から同一一時二〇分までであり、演奏料は、一〇日分宛を毎月二日、一二日、二二日に支給される旨を説明させた。

被控訴人としては、個々の楽団員の技能、経歴、人物等には特に関心もなかつたので、向田を除くその余の楽団員については、その氏名、住所、担当楽器、演奏料の分配方法及び各人の受取額等について、向田に確認することはなかつたし、向田の方から申し出たこともなかつた。

(二)  (一般従業員と楽団員とにおける採用手続の異同)

被控訴人においては、従業員を採用する場合、すべて履歴書を提出させたうえ面接試験を行い(技術者については技術テストを行う場合がある。)、採用者からは誓約書、身元保証書を徴し、ただ、ボーイの採用に当たつては、履歴書に代えて略歴書を徴し、面接を行つて採否を決め、採用の場合でも、身元保証書はとらない。これに対し、前記楽団の起用に際しては、前述のように、個々の楽団員について、履歴書、誓約書、身元保証書を徴することもなく、面接を行うこともなかつたし、向田との間に契約書を取交わすこともなかつた。

(三)  (楽団員の変更、エキストラ出演)

前記のとおり、小西バンドは八人編成、向田バンドは九人編成であつたが、両楽団ともその編成以来現在に至るまで、例年のように一名ないし数名の楽団員の交替があり、その結果、当初の楽団員であつて昭和五五年現在残つている者は、小西バンドにあつては小西のみ、向田バンドにあつては向田のみという状況である。

ところで、楽団員が、自己都合等の理由により退団を申し出た場合、編成人員を維持する必要上、バンドマスターである小西又は向田は、他の楽団員等の協力を得ることはあるにせよ、自己の責任と判断において、新しい入団希望者を探し、入団を認めるかどうかを決めていたのであつて、被控訴人としては、右入退団に一切関与せず、前述のような従業員の採用手続も全くとらず、小西又は向田からは、被控訴人に対し、右楽団員の交替について通知すらなされなかつた。

ただ、被控訴人において所得税の申告手続をとる関係上、毎年一月初旬小西及び向田をして、各楽団員の給与所得者の扶養控除等(異動)申告書を提出させていたから、被控訴人は、これを通じて僅かに楽団員の交替を、知り得たわけであるが、右申告書とても、必ずしも本名が用いられていたわけでなく、その枚数も実人員を一名分越えている場合もあつた。

又、楽団員が、病気その他の理由により、出演することができない場合、エキストラを必要とするに至るが、その場合には、まずその楽団員自身がエキストラを探すのが通例であり、見付からないときは、バンドマスターが、その立場上、他の楽団員の協力を得て、エキストラを用意するのである。この場合、エキストラ出演のことを会社に通知しないことは、楽団員の交替の場合と同様である。

(四)  (拘束時間)

小西バンド及び向田バンドは、前記(一)の演奏時間内は、被控訴人の拘束を受けたが、その他の時間帯は全く拘束を受けず、その気になれば他社出演も自由であつた。のみならず、右演奏時間も、個々の楽団員が都合により出演しないことがあつても、被控訴人が、そのために演奏料を減額するようなことはなかつた。

(五)  (演奏料)

右各楽団の演奏の対価は、昭和四四年八月当時、小西バンドが月額金四八万円、向田バンドが月額金五八万五〇〇〇円であつて、被控訴人は、右金額を前述のように三回に分割して、右各楽団のバンドマスターである小西及び向田に対し演奏料名下に支払い、同人らが同人らの名義をもつて受領していた。そして、各楽団員に対する支払は、バンドマスターである小西及び向田が、各楽団員の演奏能力等を考慮して分配額を決定し、楽団員の了承も取りつけたうえ、これに従つて行つていたものであり、被控訴人は、右内部の分配については、了解を与えたことも、税務処理の場合を除き、報告を受けたこともなく、一切関与していなかつた。なお、小西及び向田を含む楽団員らは、右演奏料収入によつて生活している。

かように演奏料は、楽団を単位として一か月いくらという形で定められており、各楽団員の取得分は、楽団内部のこととして、被控訴人において何ら関心を示さなかつたのであるが、このことは、例えば、楽団員が休んだり(この場合は、所定の編成人員を欠くことになる。)、遅刻したりした場合でも楽団に支払われる演奏料の額に変動はないこと、エキストラが出演しても、被控訴人においてその出演料を負担することはなかつたことにも現われており、又、当初の演奏料は、その後増額されてきているが、いずれも各楽団員個人を対象に、その技能等を基準にしてその額を決定し、これを合算して新しい演奏料を定めたわけではなく、楽団を単位として、物価上昇率等を考慮して定めたものであることも、同様の趣旨に出たものと解される。

なお、右出演したエキストラに対しては、各楽団のバンドマスターが、右定額の演奏料をやりくりして、通常より若干増額した報酬を支払つていた。

(六)  (労務管理)

被控訴人は、楽団員以外の他の従業員(ホステスを含む、)に対しては、タイムレコーダー又は出勤簿を備え、始業に際しては、点呼を行い、業務遂行上の指示を与え、日常の勤務態度等についても勤務評定を行うなどかなり厳格な労務管理を行つているが、楽団員については、右タイムレコーダー等の備付けもなく、時間管理は行つておらず、直接又はバンドマスターを介しての勤務評定を行つたこともなく、労務管理は一切行つていなかつた。被控訴人方においては、各楽団の出演人数を営業部の日報に記載することとしており、所定の人数を欠く場合、その旨をバンドマスターに指摘することはあつたが、個々の楽団員の遅刻・早退・欠勤或はエキストラの出演については、被控訴人の方から注意や制裁を行つたことはなく、楽団員の方からも事前事後を問わず届出や報告がされたことはなかつた。

(七)  (演奏義務の履行)

各楽団がどのような演奏をするかについては、被控訴人側としては、大まかな注文例えば夏のゆかた祭、冬のクリスマスなど特別の催物を行う場合に、その雰囲気に合つた音楽の演奏を依頼するという程度にとどめ、それ以上具体的に演奏曲目を選定したり、演奏を指揮したり、或は演奏形式を定めたりすることは、バンドマスターである小西及び向田が行い、又、向田バンドがシヨーの伴奏をする際には、シヨーに出演するタレント等関係者との間で直接シヨーの進行、伴奏及び効果について打ち合わせたうえで行つていた。

以上の事実が認められ、前記乙第三七号証、第四一号証、第八〇号証、証人安川太一、同向田勝彦(原・当審)の各証言及び参加人代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比し措信することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

3  右認定の事実に基づいて、被控訴人と小西、向田及び他の楽団員らとの間における労働契約関係の有無について考える。

右認定の事実によれば、被控訴人との関係においては、各楽団が前面に出ており、右楽団を構成する個々の楽団員については、被控訴人は、ほとんど関心を持つていないことが看取される。すなわち、向田バンドの起用に当たり、楽団としての演奏の技量についてはテストを行つたが、個々の楽団員については、テストも面接もなく、その氏名、住所、担当楽器等も確認せず、履歴書、誓約書等を徴することもなく、又テスト時の技術水準が維持されるならば、楽団員の交替も差支えないものとしたこと、楽団員に支障が生じた場合のエキストラ、退団者が出た場合の後任者を探し、選定することは、すべて楽団自身によつて行われ、被控訴人が関与することはなく、被控訴人に対しその旨の通知、届出もなされなかつたこと、演奏料は、各楽団毎に定められ、被控訴人は、これを一括して小西及び向田に支払うだけで、その後は、小西及び向田が、楽団員の演奏能力等を考慮して分配額を決定したうえ分配し、又エキストラに対する支払をしており、被控訴人は、右分配額については何らの関心もなかつたこと、被控訴人は、楽団員の出勤・早退・遅刻についての管理を行わず、ただ楽団全体としての出演人数を日報に記載するにとどまつたこと等の事実がそれである。

思うに、小西バンド及び向田バンドは、それぞれ楽団として出演し演奏するものであることを考え合わせると、前述のように、テストの際及びその後の出演の際を通じて、楽団の演奏効果が重視され、楽団が前面に出ていて、被控訴人と個々の楽団員との関係が薄くなつていることは、むしろ当然と解されるのであつて、かかる事実に、前認定の、被控訴人が、個々の楽団員に対し、直接、間接を問わず労務管理と目すべきものを行つていないことを総合して考えると、小西及び向田を除く個々の楽団員が、被控訴人と直接労働契約関係に立ち、出演ないし演奏する義務を負つていると認めることは困難である。

これに対し、控訴人らは、右認定のように、小西及び向田が、楽団員の採用及び退職、各人の受領すべき分配額の決定等について、被控訴人から一切の権限を委ねられていたものであつて、被控訴人と右両名を除く他の楽団員との間にも直接の契約関係があると主張する。しかし証拠上認められるのは、小西及び向田が右各事項を自ら決定していたという事実であつて、それ以上に、被控訴人から明示的に若しくは黙示的に一切の権限を与えられていたことを認めるに足る証拠はないから、問題は、小西及び向田が自ら決定していた事実から、右一切の権限が与えられていたことを推論することが、本件の事実関係において、相当であるかということである。そして、事柄が音楽演奏という専門分野に属するもので、被控訴人側に評価能力がある者がいないこと、楽団員の求人が被控訴人にとつて難しいものであることは、一般論としては、小西及び向田が、自ら決定していた事実から、右一切の権限を与えられていたことを推論する一つの根拠となし得るものであろう。しかし小西及び向田が自ら決定していたのは、同人らが各楽団の維持運営に当たつていた(後述)からであると推論することも、同様の程度に可能なのであつて、しかも後者の推論の方がいわばより直接的であり、証拠上、後者の推論を採用するための根拠は十分存在し、前記音楽演奏の特殊性とも調和し、問題はないのである。加うるに、控訴人らの右主張によれば、使用者が、自己の社員たるべき者に対して行使すべき権限を余りに広汎に委ねたことになり、通常の契約当事者の合理的な意思に反し、相当でないと考えられるのである。

次に、前認定によれば、小西及び向田は、それぞれ小西バンド及び向田バンドのいわゆるバンドマスターとして楽団の中心となり、対内的には楽団の維持運営に当たり、対外的には楽団を背景としつつ自ら契約締結その他の折衝を行つていたものと解するのが相当である。すなわち小西及び向田は、それぞれ自ら楽団員を集めて楽団を編成し、楽団が起用される際及び起用後の被控訴人との折衝に当たり、楽団員の入退団及びエキストラ出演の問題或は楽団員への演奏料の分配額を決定し、演奏曲目を選定し、演奏を指揮するなど、楽団の運用を取りしきつているのである。かような次第であるから、小西バンド及び向田バンドが「ナナエ」において演奏しているのは、被控訴人と右各楽団を率いる小西及び向田との間の音楽演奏請負契約に基づくものと認めるのが相当である。同人らが、被控訴人から労務管理ないし指揮監督を受けていないことから考えると、右両者の間に使用従属の関係があるということはできない。

4  右のほか、若干の問題点について検討する。

(一)  前掲乙第三三号証、証人安川太一及び同向田勝彦(原審)の各証言を総合すれば、小西バンドは昭和四四年六月から、向田バンドは同年八月一日から、それぞれ「ナナエ」において、演奏時間として定められた午後六時三〇分から午後一一時二〇分までの間演奏をしてきたが、その出演は、一つの楽団が午後六時三〇分から午後一〇時三〇分頃までの間に一回約三〇分宛四回、これと交替に他の楽団が午後七時から午後一一時頃までの間に一回約三〇分宛四回であり、両楽団ともおおむね約四時間の拘束を受けている。しかし小西バンド及び向田バンドが、右のように一定時間の拘束を受けて演奏する義務を負うのは、前記請負契約上当然のことであり、このことから被控訴人と個々の楽団員との間に使用従属を内容とする契約関係があるとするのは、相当でない。

(二)  成立に争いのない乙第二五証、前掲甲第四、五号証の各一、二、乙第三七号証、第六五ないし六八号証、証人安川太一及び同向田勝彦(原、当審)の各証言を総合すれば、被控訴人は、毎年一月上旬までに、小西及び向田に対し、各楽団員用の給与所得者の扶養控除等(異動)申告書の用紙を交付し、各楽団員から右申告書を提出させ、各楽団員について、給与所得としての源泉徴収の手続を行つていたことが認められ、かように被控訴人が、税務上、各楽団員が受け得る演奏料を給与として取り扱つていることから、実際にも給与であつたとみることができるのではないかとの問題がある。しかし、前掲各証拠によれば、小西及び向田に対し一括して支払われる金額は、いわゆる手取り額であつて、そのまま各人の収入となり得るものであることが、関係人の間で了解されていたこと、若し各楽団員が、それぞれ事業主として演奏料を得たものとして取り扱うときは、一割の源泉徴収を受け、本件程度の額の場合、給与として取り扱えば、源泉徴収額が零であるか、あつても非常に少なくてすむ実情であつたこと、前述の給与としての取扱いは、小西バンド及び向田バンドの編成以前から楽団員について行つてきたことが認められ、右申告書の枚数が、実人員を一名分越えている場合があつたこと、本名が用いられない場合もあつたこと(前認定)と考え合わせると、右のように給与所得として取り扱うことには、被控訴人にとつて、税務上、種々有利な点があることを推認するに難くない。これを要するに、被控訴人が、演奏料を給与所得として取り扱つていたのは、税務対策上のものであつたことが認められるから、右事実を捉えて、前記認定判断を覆えすのは相当でないと考える。

(三)  前掲乙第四四号証、第七六号証、証人安川太一及び同向田勝彦(原審)の各証言を総合すれば、被控訴人の営業部長が、(イ)各楽団の良否等を日報に記載し、その演奏が拙劣なときは、各バンドマスターに注意を与えていたこと、(ロ)楽団員の中に演奏技術が著しく劣り、ほとんど棒立ちに近い者があつたので、バンドマスターにその旨を指摘したところ、その楽団員は、翌日から出演しなくなつたこと、(ハ)楽団員が、客席に背を向けて演奏していたので、これをバンドマスターに注意したこと、(二)客席の状況に応じ、楽団の音量の調整をバンドマスターに指示したこと、昭和四四年八月当時及びその後昭和四八、九年頃まで、楽団員の控室に、店主名をもつて、飲酒演奏の禁止、ホステスとの雑談禁止、とばく禁止、たばこの後始末の注意等を記載した「バンドマンの心得」が掲示されていたこと、楽団員が、ホール内をくわえたばこで歩き、或は客席に呼ばれて飲酒したとき、営業部長が注意を与えたことが認められる。しかし、被控訴人が、音楽演奏を依頼したものとして、客の不評を買わないよう音楽演奏につき種々配慮すること、キヤバレーの営業主として、社内秩序の維持、たばこの火の不始末による火災の防止に努めることは、当然であつて、右諸事実を捉えて労務管理となし、使用従属関係があるとするのは当を得ないものというべきである。

(四)  前記乙第三七号証、証人安川太一及び同向田勝彦(原、当審)の各証言を総合すれば、被控訴人においては、「ナナエ会」という従業員の親睦会があり、従業員相互の慶弔と年一回の旅行を主たる目的としているが、前記原田バンドの頃、楽団員が旅行参加を希望したことから、費用負担の軽減を図る趣旨により「ナナエ会」への加入が認められていたこと、小西バンド及び向田バンドが起用された際も、同様の取扱いが引継がれ、一人当り会費月額金二〇〇円が、前記扶養控除等申告書の人数により演奏料から天引されたことが認められるが、右加入は、同じ職場に働く者の親睦を深める趣旨に出たものであることが明らかであるから、前示判断に影響を及ぼすものではない。

(五)  その他の点については、原判決一八枚目表三行目から同一九枚目表二行目までの説示を引用する。

三  以上考察したところによれば、被控訴人は、小西及び向田並びにその他の楽団員との関係で労組法第七条所定の使用者に該当しないものというべきであり、本件命令を違法な行政処分として取り消した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条、第九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田洋一 松岡登 野崎幸雄)

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